奇妙なのに、腑に落ちる。エンタメ小説の傑作 『幻獣少年キマイラ』 著:夢枕獏

以前から気にはなっていたタイトルなのですが、Kindle版がセールになっていたのを期に購入&一気読み(してしまった) 

幻獣少年キマイラ (角川文庫)

幻獣少年キマイラ (角川文庫)

 

 

本作は、夢枕獏が著した『キマイラ・吼』シリーズの第一弾。

僕が呼んだのは2013年に新装されたバージョンでしたが、そもそもは1982年に発売されたもの。

 

 獣に食い殺される夢を見る主人公、大鳳 吼(おおとり こう)と不思議な迫力をまとった久鬼 麗一(くき れいいち)の奇妙な邂逅を描いた本作。

 本屋での万引きを偶然目撃してしまった大鳳は、その口封じのために、万引きをしていた二人組から暴行を受けていた。そこで由魅という色香をまとった女と九十九と呼ばれる大男(いずれも大鳳の学校の先輩にあたる)に救われ、それが縁で織部深雪(おりべ みゆき)という同級の少女と、円空拳の師範である真壁雲斎(まかべ うんさい)という老人と出会う。

 大鳳は九十九も学んでいるという円空拳を教わる中で、久鬼と自分にまつわる、ある「共通点」においてかかわらざるを得なくなってゆく。

 

本作は、アクションや怪異といった要素をもとに良質な少年漫画のような展開がなされていくが、青少年の中に燻ぶる暴力性やエロティシズムをある種の美学を持って抉り出している。

プロットだけ書き出してしまえば、主人公の大鳳は誰もがうらやむ/妬む美少年で、幼さを残した美少女である織部から好意を持たれたかと思えば、本作の敵役である久鬼との関係をにおわせる由魅と身体の関係を持つ。両親はアメリカへ行っているのそうで大鳳には学生らしからぬ自由が与えられているし、円空拳と呼ばれる空手のような格闘技を習うと2・3カ月でたちまち一線級の実力者になる。

しかし、そういった事柄が本作の魅力を損なうことはない。かの宮崎駿が観客が起こってほしいと感じる奇跡を脚本に入れ込んだように、この本の著者も1冊のエンターテインメントの"面白さ"のためにあってほしいと読者(とくに思春期男子的教養の持ち主)が感じる要素をギリギリまで入れ込んだだけなのである。

結果として、上記の突飛に見える展開にも気持ちとして腑に落ちる感覚がある。

さらに、その他の余計な要素を極限まで削った結果、この小説作品は167ページの中に1ページたりとも面白さに起因しないページがないのだ。

極限まで”面白い”に徹した本作は作者自身のあとがきをもってして

「これは、とてつもなく面白い物語です」

と言わしめるのである。

 

"面白い"に極限まで純化するという美学を、小説をもってして完成させ、読み手の手が止まらない物語を紡ぐことに関して著者はあとがきにてこう述べている

こういう物語を書くことができることを、天に感謝して。

 

こういう物語を読むことができることを、著者(と出版社(と手軽に読める電子書籍))に感謝して。